また一つ夢が叶った!

15歳で東京に移って音楽活動を始め、アメリカに渡米して26年。今まで本当にいろんな事があった。でも夢は絶対に捨てないで音楽一つにしがみついて生きてきた。何を達すれば成功だって事はわからないけど今回のGPSとの日本公演は確かにその一歩だと思う。故郷に花を咲かせるってこの事なんだって大阪のステージに立ってて心からその気持ちがこみ上がってきた。

”GPS” このグループはスポックス・ベアードよりも短くまだ1年位しかやっていないけどスポックのように仲間感覚がある。このメンバ-3人とは初めて会った時からすごく気があってこれから一生のともだちで居られるだろう。あれは去年の4月にスポック&GPSのレコード会社の社長トーマスから電話があって ”亮何してるんだ今、ちょっとスタジオに来れないか?” って連絡があって何のレコーディング?って聞いたら、新しいグループでキーボーディストを探してるんだって。

それしか言わなかったから 「OKじゃすぐ行くよ」 って言ってB3,Triton,Jupiter,Moogもって駆けつけた。事務所の一角がスタジオになってて行ったらメンバー全員いてWellcomeしてくれて機材をセットアップして紹介し合ってから音を聞いてみたら凄く良く”あっ、これはいいセッションになる”と思った。音を出し始めて1曲目始まってムーグでがんがんやり始めたら皆の顔色が変わった事を覚えている。”何だこいつ?!”って感じで皆の視線を感じ目を大きく開けて光らして見てた。いきなりジョンが俺んとこ来て抱きしめて「お前みたいなキーボードを探してたんだよ」って言われた事をよく覚えてる。その時はまだどんなグループかとか全然わからなくてただの仕事だと思って黙々と録音していて休憩にトイレに行く途中壁に “ASIA” のジャケットのポスターがずらって並んでたから何かおかしいなって思い受付に居た人に聞いたら「そうだよ、あの3人はASIAのメンバーだよ」って言われて「えっ!」と思ってスタジオに戻って聞いたら「あんたらAISA?」って聞いたら「そうだよ」て言って皆笑ってた。事情を聞いたらキーボードのジェフ・ダウンズだけがオリジナルメンバーでジョン・ペインがジョン・ウェットンから引き継いで16年経ってるんだけど、今年オリジナルメンバーの “ASIA” が再結成されたからJohn PayneのASIAが急に無くなった。 PayneのASIAがレコーディング中にそういう事になってジェフが急に止めたから俺のところに話が来たと言う事になった。 ”何だそれならそうと最初っから言えよ” って言いたくなったけど。そんな訳でギャスリが真横に居ていつもの調子でおとなしく座っていた。録音始まったのはいいんだけど曲を聴いた事無いし譜面無いしただ目つぶってがんがんやった。皆凄いやつが来たって感じで見てて4時間位で4曲終わって「OK,今日はこれで帰らないと行けないけどまた明日来るよ」って初日終わった。2日目にスタジオに戻ったらえらい騒ぎになっていてビデオ班カメラマンが居てそれ以外にいろんな人が集まっててなんか初めて見るパンダみたいな顔して皆セッションに見学しに来てた。New Jerusalemの最後のソロが終わった時大拍手が来て ”なんかやりにくいな~” って感じ。その後ジョンと少し話して事情を聞いたらジェフと俺のプレイとがあまりにも違い野蛮だから皆感動してびっくりしてるんだよって言われた。

後日ミックスが終わりマネージャーから電話があってこのグループのメンバーになってほしいんだって言われた。今既にスポックもやってるしK2もやってたからずいぶん迷ったけど参加する事に決めた。アルバムが終わり名前が GPS に決まり発売されて間もなくイギリスのツアーが決まった。Y&Tの前座だ。8公演だけの短いツアーだったけどこんなに楽しいツアーは久しぶり。メンバーの性格よすぎ!もうあっという間に大親友になりひょっとしたらスポックよりも楽しいかもと思ったくらい。ツアーからかえって来たら大親友になっていて飯食ったり旅行に一緒に行ったりするようになって本当に友達付き合いが始まった。何とかこのアルバムを日本でも出したいと考えていろいろコネを使って今の Dingwall Record と話がついて日本版がでる事になった。同時にスポックもアルバムがでるのでそれも発売してもらった。このレコード会社の人たちもいい人ばかり! 特に池田さんと何度もやり取りしているうちになんて心が熱い人なんだろうと思った。やっと日本の業界の人で音楽がこんなに好きでGPSやSPOCKのアルバムを聴いて感動して興奮してくれた人に出会えた。アルバムの評判がよく俺もこれなら行けると思い池田さんを押して是非日本公演を実現させようと計画に入った。現実はもちろん厳しい。ASIAのメンバーだと言ってもやはり新しいグループだからプロモーターが決まらなく結局 Dingwall Record が自腹で呼ぶ事になった。 ”感謝感激” Thank you Mr.Ikeda!

このツアーの仕込みには参った。予定はギャスリーがロスに来てロスで全員集まって十分リハしてから日本に入るつもりだったけどそうは簡単に行かなかった。ジョンがイギリスに3ヶ月前に仕事でイギリスに戻り1週間でロスの戻る予定がビザの関係でアメリカに入って来れなくなった。結果的に俺とジェイがロス,ジョンとギャスリはロンドンでリハして日本に入る事になった。「やばい!」11日に成田に到着後スタジオに直行して皆でリハする事になった。一番きついのは俺。その前の週迄仕事で Biloxy Mississippi でライブやってて出発の前の日朝の2AM迄仕事して4AMにホテル出発して乗り換え入れて移動時間7時間でロスに入りジェイの家に行ってリハ、泊まって朝空港に行って成田迄12時間の旅、で、着いていきなりリハだからもう身体がたがた。でも頑張って無事リハ終わって翌日単独で伊丹に入りキコとライブ。キコとのライブは大成功に終わり翌日大阪のアメ村のクラッパーで楽器チェック、音合わせ、リハ、ショー。あまりにもステージが狭いのでセットアップには苦労した。特に機材の事で問題があった。

いつも Mellotron の音を出しているキーボードは KORGのTRITON を使っている。自分でMellotronの音をサンプルしてフロッピディスクに保存してありそれとプログラムのディスクを使っている。経費を下げるためにいつもモニターをしているKORG,YAMAHAから機材を借りる。(KORGの江島さん、ヤマハの石黒さんいつもありがとう!)ところがいつも使っている TRITON STUDIO がもう古くなっていて在庫にない。他に方法はただ一つ。 “Garageband!” 笑うんじゃないよ。IK MusicのPlug in が入っていてそのTronの音は馬鹿に出来ない。それをKORG X50でコントロールする事にした。と言う事はシンセ側のセッティングが3台になる。あまりにも左のオルガンから遠くて両方使う時に苦労した。後シンセが増えるとペダルも増える。ボリュームペダルが7、サスティーンが3、どれがどれだか分かんなくて集中してないと分からなくなってしまう。

イギリスでツアーしたときは前座だから45分間のセットしかなかったから急遽 “ASIA” の曲を4曲入れる事になった。それプラスジョンとギャスリーのアコースティックが入りドラムソロとキーボードソロが加わって2時間以上のショーになった。 “ASIA” 曲は俺は全くやった事がなかったのでコピーして一発勝負って感じだった。キーボードが主体になっている曲だからいい加減には弾けない。自分ではうまく行ったと思うんだけどどうだろう?この辺は “ASIA” に聞きたい。キーボードソロはうまく行った!勿論即興演奏。あっという間にショーが終わりサイン会が始まった。大阪は実家なので家族や知り合いがいっぱい来てくれた。とてもいいショーになり満足して終わり飯食ってホテルに戻った。

東京の会場は広くてステージも大きいからよかった。でも可哀想にジョンの機材がトラブって難航した。特にベースアンプが途中で壊れたのには参った。でもそれを見ていきなりピアノで ”Blue Bossa” を弾き始めたらギャスリーがジョイントしてジェイも加わっていきなりフュージョン大会になった。楽しかった!皆のインストとしての実力を見せれたから結果的には良かったと思う。そういうアクシデントが俺は好き。それがライブだから。2時間のショーの構成がいつも決まっていているよりもステージ上でいろんな事があった方がエキサイティング。GPSはこてこてのフュージョンバンドにハードロックのボーカルが居るって感じ。だから演奏力が素晴らしい落ち着いたロックだと思う。次のアルバムは始めから参加して曲作りアレンジにも貢献していいものを作って行きたい。次はスポックを来日させないといけない。頑張る!皆応援して下さい。 

Photo: 前沢春美